8月19日(日)午後
旅前の予定では、二日目午後(だけ)が本格的な観光。その狙い通り半日で十分楽しめる観光になった。朝車とガイドさんチャーターをお願いしたにも関わらず、13:00~17:00、しかも自分たちの行きたいところへ連れて行ってくれる、しかもしかも、お安い。青島は、地質的に地下鉄がほれないそうで、今後も地下鉄を作る予定がないそう。しかも、中国は広い!「青島は小さいでしょ~」と、中国人はおっしゃいますが、その大陸的感覚は日本人にはありませんっ。だったら、「安い」を手玉に、タクシーや貸切バンで観光することが賢明。
バンに乗り込んだ私たちは早速ガイドの黄さんに質問攻め。まず、腹だしオヤジのこと。「え~そうですか?変わっていませんよ~。みんなあついから、普通に服をまくっているだけです。何がおかしいんですか~?」と逆に、こんな質問をしてくる私たちを失笑する黄さん。「え、じゃあ、暑いときに腕まくりするのと同じ感覚なの~?」と聞いてみると、「そうですよ~」とのこと。それから、午前中???だったお茶屋の出来事を話した。飲み終わりたいとき、「終了」とか「完了」と書いたが、通じなかった。なんと伝えればよかったのか?「あ~、中国語にはありませんよ、そんな言葉は。”プーヤオ”と言えばいいんです。」プ、プーヤオ?不要!?あーーーー!不要だよ、不要!!台湾人の友人がいる私たちにとって、何度と耳した言葉ではないかっ!面白がって、台湾で何度も「不要謝謝(プーヤオシェイシェイ)」と言ったではないか!なんという失態。そんな単純な言葉を見事に2人とも忘れていたのだ。よっぽどテンパっていたのだろう。ちょっと悔しかった。そして次の質問は作法。中国の京劇で美しい花を表しているそう。筆談ノートを見せながら、鉄観音茶の3回目の味を示す、意味不明の漢字は、「うーん、日本語にない言葉ね。香りがいい、まろやか、うまみ・・・説明難しいね。」黄さんは、湖南省出身。昨年9月に青島の大学を卒業したばかり。日本に行ったことはなく、まだまだ日本語を勉強中。「お土産に、魚の乾いたのほしくありませんか?」と聞かれ、「えっ、干物のこと?」「ひ・も・の?着物じゃなくて?ひ・も・のですか?何ですか、それ?知りませんよ」えっ!だめよ、ガイドさんなら覚えなくちゃ!「これ、絶対覚えた方がいいよ、干物だよ、ひ・も・の!」青島は黄海に面しているため、第1から第6まで海水浴場がある。したがって、海産物の干物が名産さのは自然なこと。このあと、あちらこちらに干物が売られている店を目にする。ちょっとにおいがきつかったが。
①小魚山公園(通称ちいさなさかなやまこうえん) 有名な展望台へ。
昨日本当は行く予定だったが、タクシーの運ちゃんに強引にさらに高いところにある信号公園(通称毒キノコ公園。写真左上の小高い山に、景色とは不似合いな赤い丸い物。)の展望台へ連れて行かれた。道を頭の中に叩き込むことが自然に身についている私たちは、「あ、昨日ここ歩いて、こっちいって・・・」なんて説明。丘を登っていくと、そこは20世紀初頭に立てられたドイツ式の古い家ばかり。
パーツパーツはすごく西洋的でわびさびがあり魅力的。ただ、おじいちゃんおばあちゃん世代が、何も手入れをせずに澄んでいるため、ハードとソフトがギクシャクしている印象が否めない。丁寧に保存していれば、この地区全体がものすごくおしゃれになるのに、正直不衛生。「もったいないな~。私だったら・・・」なんて、またDIY根性が沸いてでてきた。
もちろん、美しい状態に保っている高級別荘地”八大関”という地区は、優しい色合いの水色やクリーム色の家々が観光名称の一つになっている。緑もとてもきれい。
小さな魚山公園は、信号公園と違って、とってもすいていた。展望台は私たちの貸切状態。しばしボータイム。オレンジとグリーンのコントラストはまさにドイツ。ドイツが恋しくなってきた。
青島は法律でオレンジ屋根にしなくてはいけない。日本時代のものは次々に壊され、ドイツのものやドイツの習慣は残されている。黄さんはあまり口にはしなかったが、歴史的に日本人に対する思いはあまりよくないのだということが、節々に感じる。ドイツ租界時代の1903年、青島にドイツ資本のビール工場ができた。生産設備や原料すべてがドイツからもたらされたもの。当時から品質がよく、今日有名なチンタオビールにいたっている。青島人にとって、ドイツ人は生活の基盤を作り上げてくれた、感謝すべく存在なのかもしれない。
海のほうに目をやると、海水浴場。青、赤、黄色、ピンクと点々としているものは・・・人、人、人!
なんでこんなに人がいるの?!青島は中国人にとって一種のリゾート地。異国情緒あふれる風景と海。日本人観光客は少ないが、中国人観光客はとにかく多い!たまにすれ違う日本人は、たぶん、ビジネスマン。青島と成田の直便があるのも、日本企業が青島に多いため。それ以上に多いのが韓国企業だそう。青島は、新旧市街地がはっきりしていた。オレンジ屋根地区が旧市街地。その先の新市街地で、相互に引き立てあっていて不思議な世界をかもし出していた。私たちが泊まったホテルは商業地帯。次回、夏に来れたら、オーシャンビューの楽しめる旧市街地にホテルを予約したいものだ。
②迎賓館
ドイツ風建築を代表する建物。1907年、ドイツ総督の官邸として建てられた。あまりにも豪華に造りすぎたため本国ドイツから非難を受け、当時のドイツ総督は辞任したという。日本占領時代は指令官邸として、その後は国民党政府や共産党の迎賓館として使われ、毛沢東が使用していたベッドやデスクもあった。青島は花崗岩で有名。ドイツ建築物はこの花崗岩で造られていることが多い。
私がここに来たかった理由はただ一つ。建築様式や建具を吟味したかったから。
こげ茶の梁や漆喰の壁、マントルピース、ランプシェード、アイアンにステンドグラス・・・。あぁ、夢の世界。






特に印象に残ったのが、このシェード。ルビーやサファイアなどの原石で作られている。なんて贅沢な!アーチ状の廊下にいくつもつる下げられていた。
③基督教堂

1910年完成。礼拝堂は高さ18mの大ホールになっていて、1000人以上の人を入れることができる。真っ白い壁で、真ん中に花が置かれ、看板風に大きな字が書かれているのみの質素なもの。ステンドグラスの青が目にとまった。
他のステンドグラスは、手抜きのようなブドウが多い。何でも、大文化革命でステンドグラスがみな割られてしまった。ブドウは、基督教で神聖な飲み物とされている。だからブドウが描かれている。時計台の高さは39m。大きな仕掛け時計になっていて、当時はここの鐘が市民に時間を知らせていたそう。頂上にのぼるには、険しい細い階段を登っていく。重厚な鐘をしたから見上げることができる。中国では、プロテスタントの教会を基督教堂、カトリックの教会を天主教堂と呼ぶそう。おじいさんおばあさんはほとんどがキリスト教。ちょっとびっくりしたけれど、ドイツ租界時代に生まれた人たちやその子供であれば、当たり前のことといえば当たり前のこと。ここにも植民地の強い影響が見られた。
時計の盤がとってもかわいらしい。今回の旅の中で、一番ドイツっぽいなと思ったものかもしれない。
③中山路

お買い物スポット。桟橋から続いている一番の繁華街。ここを歩いていると、本当にヨーロッパにいるんじゃないかと錯覚してしまう。
でも足元を見ると・・・
何やら怪しいモノ(1)なんちゃってドラえもん
何やら怪しいモノ(2)臭う干物
何やら怪しいモノ(3)なぜか牛乳
視界を上げていれば、新しいビルやヨーロッパ式なバロック調建物がおしゃれ。
ふっと右を見ると、突如なだらかな丘か・・・その先には教会が。
それまで曇り空だったが、ぱーーーっと青空が痛いくらいにまぶしい。あーあ、これが昨日からだったらなぁ。せめて小さな魚山公園で晴れた青島を眺めたかったな。
④天主教堂

ロマネスク様式で、1934年に完成。大文化革命で破壊されたが、1998年に修復された。塔の高さは60m。こちらの内装の方がカラフルで、ヨーロッパ風。マリア様、ジョセフ、キリストが生まれるまでの壁画も描かれていた。しばしここでもぼー。写真左下がガイドの黄さんの後姿。
外では、花嫁さんの撮影会が行われていた。中国人は写真にとにかくお金をかけるそう。私もできることなら、迎賓館やここ天主教堂で撮影したい~。
⑤桟橋
いよいよ来ました、青島の一番の名所。ここに来ると、中国人のパワーを体一杯感じた!とにかく人が多い。アサリを取っていたり、貝をとっていたりとうじゃうじゃうじゃうじゃ。背景は、超近代的な高層ビル。不思議な光景だった。
小さな魚山公園から見た海水浴を楽しむ人たちは・・・あっまたもや腹だしオヤジ!
桟橋は、1891年埠頭として建設された。総延長は440m。先端には”回欄閣”という八角亭が建っている。
所狭しと八角亭に人が集まる。なぜかオヤジたちがカードケームらしきものをやっていりびたっていた。モータースポーツを楽しむ人たちを見る人たちもうじゃうじゃうじゃ。海に飛び込み、観光土産用の貝を採っているオヤジたちもなんだかたくましく見える。とにかくみんなパワフルだ。すごいなぁ、中国。
ちょっと背景をバックに写真を撮ると、あらまあ、「ヨーロッパのリゾート地に行ってきました」のできあがり。人にもまれながらも、なぜかこんなところで人の生命力を感じる私。
「少し時間が余りましたが、どうしますか?」と黄さん。たぶん、一般的な観光客なら、免税店やら買い物やらショッピングに時間を費やすであろう。しかし、私たちは明日帰る前に、うわさ(?)のジャスコで買い物をする予定なので、買い物意欲なし。やっぱりここはボータイムでしょう、と向こう側に見える小青島(通称小さい青島)へ行くことにした。
⑥小青島

バンの運転手さんがどこかで待機してくれているので、こういうとき、本当に助かった。もしこれがタクシーだったら、いちいちタクシーを見つけなければならないし、ここ中国では大体人が乗っているのでタクシーが思うように捕まらない。荷物も置かせてもらい、身軽に観光できるのでらくちん。さてさて、小青島へ。ふっと風景が変わる。こざっぱりとして、静か。公園からの見晴らしがいい。さっきまでいた桟橋を見ているとおもしろい。人ごみで騒々しい様子を、こちらからゆったりと見物させてもらっている優雅な気分。小青島は、青島ワンに浮かぶ、海抜17mの小さな島。ゆっくり歩いて1周しても10分もかからない。堤防で陸とつながっていて、付け根には退役した軍艦や潜水艦が見える。
青々としたどこまでも続く海に、赤い岩でぽっかりと浮いている島。
「何だか私の悩んでいることって本当にちっぽけだなぁ、何やってるんだろう。皆こんなにもパワフルに生きている。私ぐだぐだしてたなぁ。」
旅をするとき、決まって空、海、川でボーっとする。日本にいるせかせかしている自分と向き合う瞬間。そうか、今回の旅はこの海を見るために来たんだ、と思った。40分くらいだったろうか。静かな時間が流れた。丸々半日いてもいいくらい、心が落ち着く場所だった。今回の旅で一番心にのこった風景だった。また来たい。
私たちの観光もそろそろ終わりに近づいてきた。インターネットで調べておいたレストラン(食堂?)で降ろしてもらうことにした。「帰りはどうしますか~?」と聞かれ、サクッと「あ、タクシー拾います。」と、もう慣れっこ気分。どっちみにホテルまでの帰り道だったので、すんなりといった。黄さん、ドライバーさん、楽しかったです!本当に謝謝。
ここまでとても長い回想録になってしまった。青島最後の晩餐~夜は青島~Qingdao~7に続く。